2004年2004年コスモス 1月号 コスモスの花叢を分け吹き通る風にかすかな夏の残り香 枝先の葉の数枚が色づけりはにかむごとき九月の楓 天気雨白く照りつつ降る午後に旧き友より手紙が届く くぐもりて深く響ける霧笛なり今朝の目覚めの床に聞きしは 2月号 一群れが また一群れが翔び立ちてスノーギースが空を埋める 大騒ぎおしやべり盛りの雪雁が鳴き交しつつ南に向かふ まず一重鮮やかな虹顕れてやがて二重になりてデュエット てんぷらの鍋の火を止め虹を見る海老もごぼうも少し待たせて 3月号 誰もみな俯き加減に一歩づつ足場を選ぶ最後の難所 少し前我がゐし山の頂が空に聳えて夕陽集める 登山して下山して来し一日には物理学的仕事量ゼロ 4月号 三分もかけずにざつと整へて一人で食べる「おおまかランチ」 晩年の母のつけゐし家計簿の最期の行にユニセフの寄付 花籠を携へて行く 亡き姉の恋人なりし人の個展に 亡き姉の恋人なりし人と逢ふ五十一階夜のラウンジ 5月号 今朝よりの雨に濡れたる生垣に紅しつとりと冬椿咲く 陽だまりに水仙の芽が出揃ひぬ冬の宿題済ませしやうに 研究が何より大事といふ節子「やり残したらあの世でもする!」 6月号 ゴンドラに見下ろす谷のひとところ碧き氷河湖きらりと光る 揺り椅子に子馬の模様の毛布かけ母となる日をナンシーは待つ 窓近く雛人形を飾りたりカナダの広き空を見ませよ 待ちきれず弥生の空に泳がせる初孫トムの真鯉緋鯉を 7月号 帰り来る空いつぱいの白雁が持つかも知れぬインフルエンザ 幼孫抱きたる後のブラウスの袖にほわりとベビーの匂ひ 命名し皆で「マーク!」と呼ぶうちにその名がベビーに似合ひ始める 8月号 母の日に子に貰ひたる小さくて隣のトトロのやうな雨傘 春の波ビーチを愛撫するごとくのどかに寄せて穏やかに退く 花びらを重ねて淡き影つくり微かにかし傾ぐ白き牡丹は しばらくは着ずにすむやう願ひつつ喪服の箱に樟脳入れる 9月号 雲間より海に差し来る光芒の先にかすかな虹の七色 子の住みゐし頃のぬくもり失ひて勉強部屋がしんと片付く 鴨の雛九羽かたまり池を行く風に吹き寄せらるるごとくに 池の面に広がる葉より抜きん出て白き蓮の葉輝くばかり 10月号 海王丸カナダの港に入り来る艫の日の丸風に吹かせて 甘き香の湧きくる如く漂へり見渡す限りの苺畑に セールスの話術に負けて契約す友らもすなる携帯電話 11月号 音もなくすつと広がりすぐ消える十一階より見る遠花火 来月は三十歳」と子の妻がそれなりに言ふ老への畏れ 私の疲れは多分水溶性 バスタブの湯に融け出してゆく あかんぼが「あぐー」と言ひてその母も「あぐーっ?」と応じ会話成り立つ 12月号 過ぎゆきし嵐の後の秋晴れに翅きらめかせ赤蜻蛉飛ぶ 運動会の杳き記憶を呼び覚ます晴れたる朝の空気の匂ひ 寝入りたるベビーの目より零れ落つきらりと光る涙ひと筋 星と森 宙(そら)に立ち大きくうねる波のごと白雁(はくがん)海を渡り始める バンクーバー短歌会詠草 1月 木星の黄色がかった縞模様望遠鏡のレンズに揺らぐ 太陽に成り損なひし木星が夕べの空に月と寄りそふ 2月 昨夜(よべ)降りし雪を被りてひそやかに紅椿咲く北のなだりに 葉の色のつやつやとして輝けり椿ひと枝水にさらせば 3月 カーウオッシュの一隅区切り開店す セルフサービスのドッグウオッシュ屋 バスタブもタオルもブラシも整へて犬の風呂屋は明日が開店 4月 また本を買ひてしまひぬ慢性の活字中毒全治不可能 喜多流の母が遺せし謡本読める人なく書棚に眠る 5月 乱暴にドアをバターンと閉める子よ 若さは時に苛立ちとなる 「ああ、まるで天国みたい」天国を知らない我が勝手に騒ぐ 6月 いつ見ても刈り込まれたる端正さ隣の庭の人口芝生 鯉のぼり五月の風に泳ぐたび隣家(となりや)の犬「ウウウ・・・」と唸る 7月 私は死ぬまで私 おろおろと母親ゆづりの心配性で 子の住みし頃のぬくもり失ひて勉強部屋は物置となる 8月歌会 詠題「オノマトペ」 夜も昼も波がビーチを愛撫するザブーンザザザザ強くやさしく ばらばらと白く降り頻く天気雨ほのぼの浮かぶ虹を運び来 9月歌会 長き文(ふみ)書きたる後に思ひつき更に「追伸」二行を添へる 潮騒に耳がやうやくなれた頃旅の終はりが明日にせまる 10月歌会 詠題「宇宙」 私の宇宙の外に広々と我に解らぬあなたの宇宙 ビッグバンいつか起こると知りながら私の宇宙日々に膨張 11月歌会 ボサノバを唄ふあなたの何気なさ 心を白き風に遊ばせ 12月歌会 詠題「けしごむ」 初雪の積もる芝生に鮮やけしゴム長靴の小さき足跡 座間歌会11月 亡き母と何回か来しレストラン オーダーはいつもミニ懐石で 先生添削 亡き母と何回か来しレストラン オーダーはいつもミニ懐石なりき わが顔を「おかめ」に写す銀の匙磨き上げつつ「にらめつこ」する 武蔵野11月 四十年時間の奴隷なりし夫 職退きてより時計を持たず 東京歌会11月 退職後三年経過 友も出来日課も出来て夫復活す 夫の観察日記みたいで気の毒(蓮本) 宮柊二記念館 兵なりし父の遺品の千人針縫ひ目のサイズがそれぞれ違ふ 機械音痴と名乗りて夫は何もせぬ 巧みな策略なるかもしれず 星と森 One after another Flocks of snow geese flush from the beach Swarming in the sky Winding their way miles and miles Back to their homeland far up North Beyond Music Noriko Sato 佐藤 紀子 Two snow geese stood on the spring beach When our eyes met, the stray geese flushed away Croaking their duet in the sky From nowhere wells up a huge chorus of returning snow geese…. Louder and louder they sing delivering spring all over Thirteen years old Anne plays cello at her Mom’s funeral The Lullaby by Brahms makes us recall the warm days she had spent with her Mom,….Yoko The tune is off, tone is hoarse but there is something beyond music in Anne’s cello today What is it ? Only her Mom, Yoko, would know. The Lullaby Anne plays reaches out for her Mom “Are you listening, Mom Yoko? This is ONE Lullaby I have never heard before” Newly Born Noriko Sato 佐藤 紀子 My dear mother, your favorite grandson became a Dad …if only you were still around to see how he smiles at the baby Wrapped in a sky blue blanket tiny and fragile the newly born is sleeping with his eys closed tight with his lips sometimes moving “Mark”, so they named “Mark!”, “Mark!”, so they call After a while, the newly born has become none other than Mark Thirty years ago your Dad used to cry so sadly and desperately And now, Baby Boy, you are crying just as he did The baby gurgles “Agoo…” his Mom responds “Agoo?” the first conversation so simple and so short but so rewarding to parents |